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この記事のトップ記事石段


そして石段を登り殿の墓へと登って行く,
この映像もPhotosop の照明効果です。


墓の群れ



かなり古い墓が並んでいる昔は御影石などを使わないこんな川石の墓だ。

天保



天保の年号まで判別できるが文政とかそれ以前は浸食されて読めなかったし写真に撮ると尚更、読めなかった。

石


こんな風にたぶん無縁仏だろうと思うが、もう土中に埋まってる墓もあった。何しろ場当たりでデタラメなので題名は後日改めます。モット続くのですがあんまり作業を続けると間違いが多くなるので今日はこの辺で勘弁してください。
次にに続く


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comment

こんばんわ。
昨夜は疲れすぎてごめんなさいね。
夫の里も今12代目なんです。
古代愛丘が墓地になって居るので、お参りは大変です。
私たちが帰省すると言うと、長兄が草刈などをして待って居てくれるような登りにくい丘ですわ。
小さな墓石が一杯有ったのですが、甥っ子と長兄が共同で大きな一つの墓石に纏めまして、で〜〜んと丘の一番上に大きなお墓が出来上がりました。
昔のお墓は小さな小さなもう彫文字も読め無いものが殆どでしたが、義母が健在の時には、一つ一つ、洗い米をお供えし、お花を手向け、山のような線香をより分けて長い時間お参りした物ですわ。
ろっぽんさんのご先祖様の墓所、分かるような気がしますよ。

 でも、ここは滅多に訪れません近世の代はモット交通に便が良い場所
に移したし、それにここは殿と家臣の墓で維新後は銘々に墓を建てるようになりました。










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